天保水滸伝

前々回『サカナとヤクザ』の銚子の話を書いたがあのときは高寅のことにフォーカスを当てるために捨象していた浪曲で有名な『天保水滸伝』の話がある。『サカナとヤクザ』の著者鈴木智彦さんのブログを読んで改めて興味を持ったのだけどここらへんググるとかなり面白い。


ぼくも全部の話を知ってるわけではないが、基本的には銚子辺りを縄張りにしてるヤクザであり主人公の笹川繁蔵と敵役である飯岡助五郎とその一家の抗争の話なんだけど、その中で有名な演目が「笹川の花会」だ。



笹川繁蔵が困窮する地元民救済のため銚子の旅館十一屋で花会(つまり賭博開帳)を開くというのだがライバル飯岡助五郎は面白くない。風邪を理由に仮病を使って跡目を譲る予定の"政"に義理(お金)5両を持たせ飯岡助五郎5両身内(組員)から3両ということで花会に向かう。


入口で義理(金)を下足番の若い衆に渡そうとすると笹川繁蔵がそれを引ったくってふところに仕舞ってしまう。政は金にがめつい繁蔵をみて心底がっかりする。


どうせ小規模な花会だろうと2階へ上がるとそこには関東中の親分オールスター状態だった。酒飲んで出来上がってるよくわからないDQNに親分助五郎の名代できたことを告げると遠路はるばる来た親分に対して這ってでもくるもんだろとブチ切れられる。なんだこのDQNと思ってたらそれが有名な"国定忠治"だと言う。


ビビる政に追い打ちをかけるように各親分からの義理(金)が貼り出されるとそれぞれみんな親分50両身内30両となっていた。

  

5両と3両で恥をかくことを覚悟していたら貼り出された紙には飯岡助五郎50両身内30両と記されていた。繁蔵が義理(金)を引ったくったのは横領するためではなく恥をかかせないためだったのだ。


貼り出された助五郎の義理(金)額をみたDQN国定忠治はすっかり機嫌を直してまた酒を呑み直す。政は涙ながらに繁蔵に恩返しを誓うのであった。


というのかだいたいのあらすじ。



笹川繁蔵は下総で醤油醸造する経営者の息子として産まれたボンボンだった。江戸に出てスモウレスラーになったが目が出ず博打にハマり地元に戻ると銚子でDQNチームを結成し持ち前の腕っ節でその版図を拡大させていった。まあつまりロクでもないやつだ。


対する飯岡助五郎は相模国公郷村(現在の横須賀市)で産まれ、スモウレスラーを夢にみていたが挫折し廃業、九十九里にながれ漁夫となった。元相撲取りの怪力を利用して地元のDQNを駆逐していき気がつけば自分もDQNとなっていた。いや前回も書いたが昔の漁師たちは基本DQNであってヤクザとカタギみたいな線引きはあまり意味をなさない。基本"強い"か"弱い"かだけの世界だ。助五郎はビジネスでもそこそこ成功したみたいで網元にまでなった。網元がヤクザの親分で良いのかって話だがこの時代の漁場ではモーマンタイだ。


最初2人はかなり仲が良かったらしい。繁蔵はボンボンだったから助五郎は繁蔵の実家から金を融通してもらったり女の子を紹介してもらったりしてたとか。しかし助五郎が権力に擦り寄り十手持ちになったあたりから関係が悪化し、たびたひ縄張り争いをすることになる。


繁蔵はただの博打珍走団だが助五郎は経営者でもあった。海難事故で減少した人口を故郷の三浦海岸から漁師の次男三男たちを移り住まわせて増やしたり護岸工事を請け負って港を整備したりと地元の名主としての責任を果たしていた。治安維持のために権力との協力関係を構築するのも地元の発展のためには必要と感じたのかもしれない。だがそれは繁蔵にとってはバビロンにケツ振るバティマンにしか見えなかった。


繁蔵DQNチームの攻撃に耐えかねた助五郎は関東取締出役(※1関東版FBIみたいな感じ)にチクり正式に繁蔵捕縛令が出されることになる。そこで有名な演目のひとりである「大利根河原の決闘」になるが助五郎一家は返り討ちにあって大敗するも最終的に繁蔵は騙し討ちで首を討ち取られ笹川一家は壊滅させられることになる。


繁蔵の死後、助五郎は繁蔵の首を手厚く葬り彼の首塚を作った。その首塚を"もっとも大切な客人の墓"と偽り終生線香を絶やさなかったという。


あくまでDQNだった繁蔵とDQN業より儲かる事業に興味が移った助五郎とのスタンスの違いがもたらした江戸後期の大抗争事件だった。発展途上国のギャングが経済の成長過程でただの事業家になってむしろ地元から尊敬されてしまうというのはよくある話だ。日本でも似たようなケースに清水の次郎長がある。しかし助五郎はヒーローになれなかった。フィクションにおいて悲劇的な死を迎える笹川繁蔵を主人公にしてしまうあたり日本人の判官贔屓を感じてしまう。








※1. 当時の関東は幕府の軍事的な理由(近くに大藩があったら攻められる危険がある)により親藩の飛地や旗本領や天領が入り乱れていて犯罪者が他領に逃亡することが多かったからFBI的な越境する治安維持組織が必要だった。ちなみに鬼平犯科帳の火付盗賊改役もそんな組織。逆に遠山の金さんみたいなお奉行様は権力が江戸限定になる。


コメント

  1. 総理大臣やノーベル賞受賞者を輩出した県立横須賀高校の建つ公郷は、立派な経済やくざも輩出していたんですね。

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    1. 小泉の家も安浦の旧赤線地帯にあって明らかにパーティに闇営業芸人呼んではいけない系なんだよね。終戦までの漁村なんて全部そんな感じでしょう。経済ヤクザなんて近代に出現した存在ではなく「転生した俺はヤクザしかいない世界で港町を栄えさせてみた」っていう異世界物だと思ってください。

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