僕は未来で貝になる

どうも、「は貝になりたい」と思う錆田鉄男です。

とは言っても来世は深い海の底の貝になって誰とも口を利かず静かに暮らしたいということではなく、電子の海において大森貝塚の貝のようになりたい、と最近よく思うのであります。意味が分からないだろうから説明すると貝塚というのは大昔の人間のゴミ捨て場で、貝やら食べ物のカスやら土器やら石器やらが沢山見つかる場所で、昔の人間の生活をうかがい知る事ができる遺物であるので、考古学の資料としてはとても価値があるものなのだ。インターネットという情報の大河に、自分が持っている情報も加えたい。あわよくば十万年未来の考古学者に研究資料を提供したい。そんな気持ちになった、というわけだ。

僕は特別SF小説が好きというわけじゃないけれど、半年に一回くらい作家・伊藤計劃さんのブログを確認しに行く。ちょうど十年ほど前に癌で亡くなった人なので新しいエントリーが追加されることはない。何を確認しているかというと「ブログが今も存在していること」を確認しに行っているのだ。はてなダイアリーに書かれた「伊藤計劃:第弐位相」は株式会社はてなが健在なうちは存在し続けそうだ。

ちょうど二十年くらい前、南条あやさんという日本初の精神病んじゃってる系ネットアイドルが自殺してしまった。彼女の死後、婚約者や親しかった人たちが「南条あやの保護室」という名前を付けたウェブサイトを作り、彼女の遺した日記や思い出をインターネット上に記録した。が、このサイトは運営上色々と揉めたようで有志の管理から彼女の実父に管理が移ったのち、閉鎖され、無くなってしまった。今はアメリカの非営利団体Internet Archiveのサーバーの中にその痕跡を残すのみである。

生きている人間は日々変わって行くし、飽きるものだ。仮に元婚約者が新たな恋人を見つけて墓守の任を降りても不誠実だと責められない。個人が一生を賭して墓守をするのは難しいことだと思う。幸い、伊藤計劃さんは小説を残し、幸か不幸か南条あやさんは死後に日記が(アンネの日記のように手を加えられた上で)出版された。彼らの著作は図書館で司書に見守られ書庫で紙媒体として存続し続けそうだ。

「The Internet Never Forgets」

事件・事故・悪事は千里や万里を走り回った後、インターネットはそれを記録して忘れない。誰かが忘れてもどこかの誰かが思い出す。忘れた頃に思い出す。そしてまたそれを記録する。

トンボ鉛筆の佐藤」という人がいる。こちらは多分今のところ故人ではないが、おそらくこの先もインターネットに悪名を残し続ける運命にある人だ。2011年3月11日、東日本が未曾有の大震災に見舞われたそのさなか、株式会社トンボ鉛筆の人事担当・佐藤佳弘さんが就職活動中の学生たちに不要不急のメール連絡をした。しかも、安否を気遣うどころか3月15日までの消印で履歴書とエントリーシートを送れ、さもなければ分かっているな、といった不適切かつ配慮に欠く表現が多々見られ、驕り昂った言語道断の内容だったため、大炎上した。

今でも地震が起こるたびにネット掲示板には「こんにちは、トンボ鉛筆の佐藤です。改めて地震の方は大丈夫でしたか?」で始まる不快なコピペが貼られる。もしかしたら、地震があると自動でスレッドをたててコピペを貼るプログラムが世界のどこかで稼動している可能性もある。

かようにして、インターネットは決して忘れない。だが、誰が言ったか知らないがこれは嘘だ。ちょっと昔のブログやSNSやニュース記事を渉猟すればそれはたちまち実感できる。

一般人をインターネットは簡単に忘れる

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こんな文言は今もネットのいたるところに踊っている。実際、久しぶりにログインしたmixiで「マイミクシィ」のちょっと昔の日記を読んでいたら、ハイパーリンクが途切れ、添付された動画は消え、さびしい思いをした。紙媒体でなくとも内容がかすれて画像や動画データも風化し失われてしまうことを思い知らされた。もちろん自分で日記を消し、アカウントを消すことを選んだ人は「忘れ去られる権利」を行使したまでで、責める気持ちは無い。でも、サーバーを管理している会社がつぶれたり、サービスを終了したりすることによってそこに記録された存在が消えるのは何かもったいない気持ちになる。

ジオシティーズがとうとう消える

にゃるらちゃん放送局第3回 ゲスト:ひろゆき

この動画の38:43あたりでひろゆきさんが「一般の人ってこの時代こうやって感じたんだみたいな風俗の歴史的な事実っていう標本が目の前にあったのにそれがガンガン消えていくっていう」「なんか歴史に残るものがどんどん消えていくからもったいないなっていう気がしちゃうんですよね」と言っている。これはまさに自分がこのエントリーで言いたいことで、ひろゆきさんに激しく同意するところである。

Yahoo!ジオシティーズサービス終了のお知らせ

そして、まもなく日本の‘00年代インターネット文化であったテキストサイト黎明期を支えたジオシティーズのサービスが打ち切られる。ジオシティーズは無料ウェブスペースを提供するサービスとしてはさきがけであり人気があった。そのため初めての「ホームページ」をここに構えた人は少なくない。

すでに更新されなくなって久しい、サイトの主でさえその存在を忘れているような時代のあだ花とも言うべき無数のページがまだそこに残っている。移行期間を過ぎたらそうしたサイトは消え去る運命にある。IDやパスワードが忘れられ復旧手段が失われアクセスできないサイトや、管理者がすでにこの世の人ではなく移行したくともできない状態にあるサイトもあるだろう。大変もったいないのだ。けれども利用者には無料でもサービス提供者はコストを払ってこれらを今まで維持してくれていたのだ。文句は言えない。

そのうちも消える


おそらくはこの先結婚もできず、子供も残さない。だからは「無名の一般人のデータ」としてGoogleのサーバーに残る道を選んだ。もちろんGoogleも営利企業だからこのブログサービスだってジオシティーズと同じ結末になることは十分考えられる。実際、Googleは今までいくつもサービスを提供してきたが、打ち切ったサービスも少なくない。しかし、今のところGoogleという巨人を超えるインターネット企業は存在しない。一番期待できるのがGoogleだ。

ということで、は大インターネット貝塚に自分というゴミを日々捨てるので保守をよろしくGoogle先生。

コメント

  1. 200年後の大学生の卒論のサンプルになるかもね

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    1. イエーイ、200年後の大学生見てるぅ~?

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